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ミドリのひとりごと

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れいわがんねん

2019/04/01 19:02
令和、驚きました。なかなか想像の出来ない響き。

海老蔵のお嬢さんが麗禾[れいか]というお名前なので、喜んでいるのでは?と。

れい、という響きはナカナカ新鮮。気持ちが澄んで、清々しい。、

令和、或いは、和令というお名前の人が何人かいてご本人が驚いたようだけれど、そのまま、れいわ、と読ませている人は存在するのかしら?

れいわ、は男の子でも女の子でも通用する名前だから、命名される赤ちゃんも結構いるのでは?

万葉集から、ということで、命名したのは、万葉集の権威者、中西進先生ではないかと思う。

絶対に、自らもお名前を明かさないとのことだけれど、きっとそう。

先生から戴いた万葉集を見てみたけど、その箇所が未だ見当たらず。

久々に、その本の隣にあった「旅言葉の旅」(ウェッジ)という先生のご著書を見ていたら、先生が私のことをお書きになった文章があった。
そうだったわ!
うちに来るカラスに「紋次郎」という名前を付けたことを先生にお話したことでの文章。

懐かしく、うれしく拝読した。


ー れいわはいいわ。でも、おれいは(わ)いいわ ―

こんな言葉遊びをしたら、ヒンシュクをかいそう!

ま、気を引き締めて、まいりましょう!





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あといちじかんで…

2019/04/01 10:34
半年前から、「安久」がいい、と口にしていた私。
ただ、、どちらの県だったか「安久(やすひさ)町」が存在するとかで、そういう町名があるのは、避ける傾向にあると聞き、これはないのかな?と。
安野先生の(安)、久成さんの(久)で、これはいいぞと思ったのだけれど、実は、安久は事前アンケートでも一番人気のようで驚いた。

ムリとわかってからあまり気にしていなかったけれど、今朝になって「永安」もしくは「安永」がいいかな?と。
ただ、安永はいいにくいのと、「安永さんは結構苗字で多いかもしれないと…で、決めた。

「永安」でいいのではないかと。

書きやすいし、ながく、やすらかに…意味もいい。

ま、つべこべ言っていても、後1時間で、いよいよ発表。

宮崎緑、林真理子、山中教授のお三方は、ご辞退しなかったのだな?と思うと、こちらもなかなか面白い。

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みんなならんで…

2019/03/03 19:18
四国の琴屋さんから琴が届いたのが奇しくも3月3日。

嬉しくてお礼の電話を入れ、電話を切らず、直ぐに「ひなまつり」の歌を演奏。

そういう曲は単音でなら、初めてでも弾けたから。

お礼代わりにならないほど稚拙な演奏だったでしょうけど、ま、気はこころ。

「春の海」をマスターしようと思ったけど、当時は毎日仕事で、なかなか練習ができず。

あれから何十年経つのかしら?

そのうち、眠っている「お琴さん」を目覚めさせようかな?



チコちゃんの番組で、お内裏様は最上段のお二人。それ以外のお人形を…つまり、三人官女や五人囃子のことを、お雛様という、と言っていた。だから、

童謡の「うれしいひなまつり」の2番の、

♪ おだいりさまと おひなさま 

  二人並んで すまし顔

は、ウソなのだとか。

作詞者は、あのサトウ ハチロー。

実は何年かして(?)ご本人もそのまちがえに気づかれたという。

なので、ご子息がレコードをかけたり、歌ったりするのを拒むようになられたとか。

ならば、簡単なこと。

「ふたりならんで…を、みーんなならんで  に替えてください」作者がと言えば済んだものを。

楽譜やレコードが世に出回ってしまったから、いろいろ問題がでてしまうのかしら?

でも、天国に行かれて今になってチコちゃんに言われるくらいなら、なんとかしておけばよかったのでは?とも思う。今頃、いやはや…と苦笑しておられるのでは。

著作権を継いでいるのは、ご子息かしら?

そこのところ、これからでも直せないかしら?と。

よく歌われている混声合唱の「大地讃頌」の作曲者には私も学生時代、1年間だけ教えを請うたことがあるけれど、楽譜が増版されるたびにほんの少しずつ直しが入るので、出版会社を困らせた(困らせている?)と聞いている。
まちがえなら仕方ないけれど、単なる直しは…ね。
歌う方の身になれば、とても困惑することになるでしょうし、古くなって買い換えた人がいたとしたら、エッ?ということになるかもしれず。

ああ、あの時はボクは若かったんだな。今ならこうしたいのだけど、仕方ないなと、そこで気持ちを抑えるべきだと思うのですが…。

そういう例もあるのですから、サトウ イチローさま、

ふたり を みんな に替えるよう、天国からの指示をお待ちしております。

  さて、夕食は出来ています。もちろん、ちらしずしとお吸い物。
それに、フキノトウのてんぷら。それに、なぜか、ステーキも。
フキノトウは友達が庭からとってきてくれて、2月に次いで、2度目。
採れたては夢のようなお味です。あのほろ苦さは、大人の味。

 ー  見て過ぎし ふきのとうへと あともどり −

さて、皆さんのお宅は、どんなご馳走でしょう。

あれこれ思いを馳せながら、今一度しつこく、


   ♪ みーんな ならんで すましがおー ♪














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あかりをつけましよ

2019/03/01 08:53
早、弥生。

夫が赤ちゃんのとき、8歳で子守をしていたユキちゃんが古布で作ってくださった夫婦雛。随分人に差し上げたけど、、まだ、8体ほどある。大切な宝物。
あとは、三次人形や、繭雛(まゆびな)、など。
ほかにもいろいろあるけれど、とても全部は飾れない。

ピアノの上に、玄関に、テーブルに、お手洗いにはガラスの雛も…やはりいいものだ。

木目込み人形の後ろに、20年(?)ほど前、母が描いて送ってくれた色紙を置いた。

雅号は路華(ろか)。クレヨンで書いてある夫婦雛。右横に小さな文字で

    雛と向い  呟きており  達者かと

と一句。呟く相手は、亡き父なのだろう。

えっ!今、裏を見たら、薄い鉛筆で、あれこれ書いてある。母らしい。
えっ!母が古稀のときの作品ですって。私、これらの文章を見ていなかった…。

拓宋とミドリを雛にしてしまう齢となりぬ
遠き日の去来の 哀しく懐かしく そして美しく
あゝ 我 既に七十路を往く


えっ!この雛は私たちなの?私が42歳のときに書いたものなのね。

こうして書きながら知っていく事実。不思議な感じだ。まだある。


健康のみが財産。
いつまでも”変わらぬ雛に 負けてはならじ”
お達者で自分の能力に挑戦してください。

今、漱石です
”読書は自分の頭によらず、他人の頭をもって思索することである
書籍なき家は 主人なき家のごとし”といいますもの。
今、本はここのあるじです


なるほど。ホント、母は読書の好きな人だった…。

そして、書くことも好きだった。

自分史でも書いてくれていたら、もっと母を知ることができたのに、とは思うけれど、勧めてもきっとこう答えたはず。

「おかあさんはそういう恥ずかしいことはしません」

でも、結構波乱万丈だったはず。

3人の子を連れた父と、ひとりの子を連れた母が巡り合う。
妻を病死で失くしていた父。戦争で夫を失くしていた母。
教員になった母が担任になったクラスの級長が、父の連れ子である一番上の女の子だった。

厳格すぎる父親に、決められた結婚をさせられていた父が、初めて「恋ごころ」を抱いたのが母だったという。「こういう言い方をしていいかどうか…お父さんにとっては初恋だったんだよ」そう聞かされたことがある。7枚の便箋の裏表にびっしり書かれたというラブレターを、結局、私は見ることができなかったけど。

そこに生まれたのが、この私、というわけで、その先は、フフフ、語らぬが花。

朝からこんな風に話が展開するなんて。

何か意味があるのかしら?

      亡き母の 声ちかづきて ひなまつり
























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あんきゅう

2019/02/26 12:52
来年の予定をいろいろ立てているけれど、元号は既に書いている。

前々から「安久」で決めていたから。

ところが、どこかの洋菓子屋さんが懸賞をだしたら、「安久」が一位とか。
まいった…。

書きやすいこと。M・T・S・H以外であること。


そう・・・咄嗟に「安久」が出てきたのは、昨年夏のことだった。

待てよ…と笑ってしまったのは、秋のこと。

聞いていた友人が、どんな字なの?と聞いて来たので、安野先生の安、久成さんの久…あ、これ、すごい!と嬉しくなってしまい。

でも、表立って人気がわかれば、外される可能性も大きい。

アンキュウに決まったら、ソウキュウにサンキュウ、と言わなくては!

決まらなかったら、即、決めた方にオキュウをすえなければ。


(ここからです・ます調になります)

そういえば、私の今の生活は悠々自適ではなく、窮々(キュウキュウ)自適。

インタビューがあると、よくそう言っています。ダジャレー夫人としては、良い出来だと自負していますが…。

 さてと…ダジャレ遊びをしている暇はありません。左手の怪我も90%治り、ようやく気分もラクになってきたので、エンジンをかけなくちゃ!

池内(いけのうち)友次郎先生(俳人・高濱虚子のご次男)の俳句集から抜粋し、曲をつけるのです。

   その作品は、

安久(?)元年10月11日 (金) 19時〜  

 「池内友次郎とその門下」と題して、豊洲シビックホールで行われる演奏会にて、本邦初演と合い成ります。

奇しくも私が最後の門下生ということからでしょうか?お声をかけていただき、混声合唱組曲を作曲することになりました。

題して「巴里の月」。

演奏される作品は、池内先生、黛敏郎、松村禎三、三木稔 助川敏弥、真鍋理一郎、と錚々たる顔ぶれ。

そんな中にこんな私がいてよいのかなあ?といまに至っても身の縮む思いなのですが、思えば、存命者は私だけ。そこに、なんらかの意味があるのかな?と。

そういえば、池内先生のお好きなヤキュウチームはハンキュウでした。

その時私は、中日ファン。

なのに、よく東京球場に連れて行かれて観戦した、というか、させられたものです。

  いま思えば、貴重な時間だったのに、若さって、結構、無情なものなのですね。

   もっともっとお話をお聞きしておきたかった…。

誕生日にお祝いの電話をかけて来てくださった加古(驕jクンにそのお話をし、

「私が曲をつけていいのかなあ?って、まだ思っているのよ」

と言うと、

「いや、先生、すっごく喜んでくださると思うよ。ボク、本当にそう思う!」

と言ってくださったので、肩の力が少し抜けたところです。

豊洲シビックセンターホールと言えば、3月10日、ファツィオリピアノコンサートで優勝した中川真耶加さんの優勝を記念するコンサートがありますし、30日(土)は、19時〜佐藤久成(ひさや)さんの、ヴァイオリン・ソロ・リサイタルがあります。

もちろん、両方、伺います。
久成さんは、無伴奏も凄いですから!必聴です。

お申し込みは↓へどうぞ。

イープラス http://eplus.jp/  (pc & 携帯)
カンフェティ 0120−240−540


ーーーーーーーーーーーーー


申し忘れましたが、3月11日(月)19時〜  『グッドストックトーキョー』(大岡山駅下車〉にて
友人、白井京子さんの朗読会のゲストとして出演いたします。

今回は、江戸川乱歩の「人でなしの恋」の劇伴(音楽をつけること)担当。
もちろん、ソロのコーナーでもチェレスタをたっぷり演奏いたします。

お申し込みは、
     03−6451−7396 (昼間は留守電が多いため、夜の方がよいかもしれません)

    MAIL http://goodstock-tokyo.com

まだ、若干、お席はあるようですよ。

ーーーーー

3月21日(木・祭日)は、津和野の安野光雅美術館で、19時〜 コンサート「春風致福」。

佐藤久成さんとピアノの高橋望さんと私、そして今回初めて、津和野高校合唱部もうたってくださいます。

    どうぞ津和野へもお越しくださいね。

                    









         



         





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こいつぁーはるからえんぎが…

2019/01/06 20:29
あけましておめでとうございます、

と言わなくてはいけないけれど、大晦日の夜、とんだことに!
結局、翌朝、日赤救急へ。
元旦に病院へ行くなんて、生まれて初めてのこと。

今、左手が腫れあがり、グー、チョキ、パーなんて全くできず。

以前、剣岳に登ったとき、高山病に罹ったらしく手がむくみ始めて、長谷川恒男さんに、早く結婚指輪をはずせ!と言われたことがあるけれど、あんな感じかしら。でもあの時は、痛みはなかったはず。
今回は痛いのなんのって! こういう痛さも初めて。

元に戻るかどうか…?

日赤の救急の若先生がちょっと頼りなく、結局、信頼できる先生のいらっしゃる東京リハビリテーション病院へ。

何があったか…それはもう少し経ってから。

今は誰にも話せず、というより、話したくもなく…。

なので、お煮しめやお雑煮、天ぷらなど、初めて夫に手伝ってもらうしかなかった。

12歳9ヶ月年下でも、私のほうが早く逝くことだって半分くらいはあるので、この際、料理を少しでも覚えてもらえたらと。

意外に然程不器用でもなく、ほっと安心。


それにしても、今年はどういうことになるのかしら?

年末、気分のすぐれないことが2件あったので、私も疲れていたのかもしれず。

   なるしかならないので、いい時の自分を頭に浮かべてリハビリにつとめるのみ。

   あ、このことでのお電話はどうか不要で…。
  
  みなさまもお気をつけて、よき一年をお過ごし下さいませ。

アイタタタ !

  年オンナも、流石に今年は、猪(ちょ)っとゆっくりまいります。









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せすじがさむい!

2018/12/29 18:57
FACEBOOKを始めたら、あまり良いことがない。

最近、コンサートで、写真を撮らせてください、とお願いをされる人がいらして、(その方はアマチュアの方のよう)、お断りする理由もないので(いつもお願いしているプロの方に事情を話し)、どうぞ、と申し上げているのだけど、先日のクリスマスコンサートの模様が、FACEBOOKに結構掲載されていることがわかった。
なかなかいい写真、腕もいい。

楽しそうな写真の中で、私の「どアップ」の写真だけはどうも見るに堪えないので、2枚削除してくださいね、とお願いしたら、何を勘違いされたか、載っていた殆どすべての写真を一気に削除され、もう、びっくり。どこが気に障ったのかしら?自尊心を傷つけたのかな?


背筋がスーッと寒くなった。

今後、○○さん(その方が追っかけをしている演奏家)以外の、共演者、スタッフ、お客様、お友達などは一切掲載しません、というメッセージも添えられて。
その言葉より、その人の怒っている(?)怖い顔が想像できて、それがこわい。


さわらぬ神にたたりなし、というけれど、どうしたものかしら。

ま、私は先があまりない人間なので、そっとこのままでいくことになるのかな?

仕事をするということは、なにかしら勘違いをされたり、掌を返されたりするものなの?

あまり経験はないけれど。

あーあ。

お正月も近いというのに。

気を取り直して、黒豆、田つくり、なますなどをつくりましょう。


       −  とかくこの世は生きにくい −





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