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ミドリのひとりごと

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ダジャレー夫人のひとりごと
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おとをあむ

2017/05/16 11:47
レゴが生まれたのがデンマークのビルンという町だということを初めて知った。
ドイツとばかり思っていた。夫いわく、
「ボクは北欧だとはおもっていたけどね」


大学の時のボーイフレンドの甥がレゴが好きで、よく一緒に遊んで、いつしか私自身がハマったことある。
何を作る、というのではなく、作っていくうちに何ができるか、というのが私には面白かった。

静岡の民恵さんから新茶が届いた。
民恵さんは鴨下先生の朗読のワークショップでご一緒のプロの朗読家だ。
深くていい声。よく朗読の公演もされている。

今度、6月24日(土)16時〜と25日(日)14時〜の2回、門下生総勢25名『「ざっくりと日本の詩歌(しいか)』と題して公演をすることになった。20歳のまだ勉強を始めたばかりの人から、90歳の教養豊かな可愛いおばあちゃままで。
NHKのアナウンサーだった方、今もアナウンサーの方、俳優座の方、声優の方なども。
古今和歌集と万葉集の、読む上での相違も面白い。

私は朗読に参加するほか、(予定では)3曲、歌の詩を朗読しながら、その歌のメロディーを演奏する、という「これこそが本当に弾き語り」というものを鴨下先生から要求されていて、拒めず泣いているところ。考えただけでも、震えがくる。
「森さんならできるよ」
なんて、簡単に言われてしまうことが怖い。

場所は東池袋の「あうるすぽっと」。チケットの申し込みは 03−5391−0516までお願いいたします。

…で、

前々日、美味しいお茶が飲みたーい、と珍しく大きな声で発したのが静岡まで届いてしまったかのように、タイミングよく到来。これには驚く。

コンサートなどでは甘いものを戴いたり、差し上げたりすることが多いけど、そうだ、これからは、日本茶もいい、と再認識。あと…(挽いていない)美味しいコーヒー豆かな?
甘いものもだいすきだけど、今、減量に心掛けているところなので。

母が「いただくなら日本茶がいいわ」と言ったばかりに、社員の方からお茶ばかり届くようになって、と苦笑していたことを思い出す。
「いただくなら、日本茶もいいわね」と言えばよかったのしら?
今回、私がお茶と知った時の喜びようが尋常ではなかったから、母に似てきたのね、と笑ってしまった。

さっき、その新茶を飲みに自宅へ戻り、これまた大好きな、亀田製菓の「まがりせんべい」を戴き、序でにテレビをつけたら、広瀬光治(みつはる)さんとおっしゃる、雰囲気が玉三郎さんのような編み物の先生(というか、ニット界の貴公子と言われてらした方)が出ていらした。拝見するのは本当に久々。もちろん、今の年相応のお姿に。

生徒さんが編んでいる様子を見ていたら、無性に編み物をしたくなってきた。

最近は、何を作る、ではなく、作っているうちに何ができるか、というのを面白がっているけれど、今は時間的に無理。ああ、残念、と思い、そそくさとテレビを消してオフィスへ戻ってきた。

実はあまり体調がよくなく、ボーっとしている。
寒暖の差のアレルギーだと名古屋で何人かに言われた、ということは、テレビでその話題があったのかもしれず。

おまけに帰りの新幹線が寒くて寒くて。しかも名古屋で2つハプニングがあり、それも加わって、どっと疲れが出てしまったようだ。

つまりはどうして「ひとりごと」を書いているかというと、やはり私は変わっているということを言いたかっただけ。

レゴも編み物も、何ができるか面白がるというのは、普通のパターンではないなと。

そう、目的を持って編んだのは、夫のセーターが最後かもしれず。

   ♪ あれは何年前?

   ちあきなおみさんの歌を思い出した。

NHKのスタジオでのこと。美空ひばりさんが「歌のグランドショー」のリハーサルで歌い終わったちあきなおみさんに拍手をしつつ歩み寄り、

「あんた、第2の美空ひばりになれるわ!」

と言われたあの声が思い出される。

ああ、話は尽きない。どんどん広がっていく。

   私はこれから編み物を。もちろん、「音を紡ぐ」という編み物のこと。

       さっきょくを、さいそくされぬうちに、さっそく!

     

       







   
















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たずねびとのじかん

2017/05/12 21:34
本当はひとりごとを書いている場合ではない。
作曲する体勢に、未だ火がつかずぐずぐずしている状態で…。
今回、歌を作るときは、先ず仁王立ちになって歌って、座って音符を書いて、が一番良い。
これは詩にもよるのかもしれない。
のどかに座っていては、音が生まれてこない詩なのだ。
こんなことは初めて。

昨夜の佐藤久成(ひさや)さんのトリオコンサートの感動、というか、衝撃の演奏に興奮して、まだ頭がぼーっとしている。

最初は前から3番目の席で。
休憩後は、最後尾の席で。
音を聴くなら、このホールの場合は、やはりうしろの席に限る。
時折、有名な演奏家や指揮者を見かけるけど、「後ろの後ろ」に座る人が多い。
でも、久成さんの表情や演奏の様子を間近で見るのもまたいいものだから困ってしまう。


通路より前で聴いたのは、東京文化会館小ホール長い歴史で3回目。

わがピアノの師、伊達純先生のソロリサイタルとソプラノ歌手三宅春恵さんの80歳のころのコンサートくらいかしら。あとはすべてうしろ。
椅子の並びがアールになっているところがアットホームでやさしい感じがする。
大ホールはほとんど行かなくなったけれど、小ホールは年に何回かしら?
結構出かけている。

チャイコフスキーが始まって4、5分ほどして、チェロの絃が切れた。
ボンっと、大きな音。
フェイギンさんが優雅に、かつ、そそくさと退場。
ほどなく久成さんが、
「いま、絃が切れたので…」
とひとこと。会場が和む。
「お待ちしますからゆっくりどうぞ」
と前の方の男性が声をかける。
ピアニストと共に、いったん袖に下がった久成さん。

この雰囲気に、最初からやり直した曲に新たな色がついたように思えたのは私だけかしら?

アレンスキーもチャイコフスキーの「偉大な芸術家の思い出に」も実に素晴らしかった。

お隣の男性が、

「こんな凄いヴァイオリニストがいたんですねえ」

と興奮して話しかけてこられた。


スズメ用に白い深鉢と浅いお皿に水を入れて置いたら、飲み水のつもりだったのに、一羽が水浴びを始めた。
可愛いのなんのって。
なんと、もう一つの深鉢にも嬉しそうに入って水浴びをしている。

「あのォ、それは飲み水なんですけど…」

聞く耳を持たなそうなので諦める。

私も一緒に水浴びを、と言いたくなるほど嬉しそう。

こころ奪われる一瞬にほのぼのとする。

…で、また昨夜のお話。


昔のテニス仲間が、嬉しいことにみんな久成さんのファンになってしまって、上野で遅くまで飲んでお喋りをした。

「曲の最後の方で、絃が切れなくてよかったね」

と敏腕弁護士がいう。

そのうち、昔の出来事をいろいろ話し始めて、

「やっぱりミドリちゃんは神がかってるね」

とまで言われて驚いた。

私は普通にしているだけなのだけど。

そういえば、思い出せば、いろいろ不思議な出来事があったといえばあったかも。

神様が動かしてくださってる、という感じかしら?ありがたい。

時には、きつい課題を与えられることもあるけど、大切な修行かもしれず。

それはそれで、私の人生に不可欠なことのようだ。

勘が当たることも多い。年賀状の一等も当たったし、しかもそれが、ハープの吉野直子さんからの年賀状。

でも、そういうのは、神がかってるとは言えないかな。

なんなのかしら?

今は、久成さんに、更に凄い光が当たるということだけは確信している。

あんな凄い人を、神様がほっとくはずがないもの。

明日は名古屋は雨だとか。あーあ。折角行くというのに。

先ずはメガネの調整をしてもらって、その後、まだしていなかった小学校の先生のお墓詣りをしてから親友とランチをし、某ホテルで別の友人と落ち合って、今度は、12月22日(金)の名古屋でのクリスマスコンサートのホールの下見に。
(久成さんはその日、生まれて初めて名古屋の地に降り立つことになる)
それから、能楽堂へ。

ハードな日帰りになりそう。

先生が眠っていらっしゃる日泰寺(にったいじ)は山門町(さんもんちょう)という場所にある。高校の時、母親同士がつき合わせましょうと示しあわせて二人を合わせ、一年弱、おつき合いをした岡田クンが住んでいたところ。
手すらつないだことのない、清らかなおつき合い。
交換日記をつけていた。
自ら手編のグレーのソックスを作り、誕生日にプレゼントもした。
ご本人はとうに忘れたかもしれず。

一度、会ってみたいような気もする。

そうだ、思い出した。1月18日生まれだったような。多分そう。

「尋ね人」なので、名前を出しておこうかな。

  岡田 俊之さんといいます。

   心当たりのある方は、お知らせくださいね。

それはともかく…。

佐藤久成さんは、来年、5月25日、サントリー大ホールでリサイタルをされます。

これは、必聴です!

   来年のカレンダーをお持ちでない方は、頭のカレンダーに入れておいてくださいね。

      「このカレンダー、誰のだ?」

        「彼んだぁ」

     










































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みつこしへおこしを!

2017/05/06 22:49
ホットなニュースです。

来たる 5月27日(土) 午後2時〜3時半

三越日本橋本店 新館9階 三越カルチャーサロンの一日講座で

    「花とミドリと音楽と」

と題してトークコンサートをしますが、
ゲストにヴァイオリニストの佐藤 久成(ひさや)さんをお招きすることが決まりました。

いわきのコンサートに次いで、またご一緒できることは何よりうれしいことです。

どんな曲をを演奏することになるでしょうか?

たまたまきょう、昨年のクリスマスコンサートで久成さんの大ファンになったと言われる方にお目にかかりましたら、

「天才とは、ああいう方のことをいうんですね。心に染み入り、心をゆさぶられました」
と。

大ファンの私にとっても、ありがたいお言葉でした。

本当にその通り。

まだ、お聴きになっていない方には、ぜひ、間近でその音楽に触れていただければと。


お申し込みは、03−3274−8595 三越カルチャーサロン受付までお願いいたします。

   (受付時間は、午前10時半〜19時です)


さわやかな季節。たまには花のお話を、と思っていましたら、奇しくも、NHK「趣味の園芸」が50周年を迎えたということで、これにも不思議な縁を感じます。

テーマ曲も書かせていただき、5年間、司会をさせていただいた中での、思い出話、失敗談、そして花に因んだ曲(皆さまからのリクエストも含め)を中心に演奏し、進めていく予定です。

   ぜひ、いらしてくださいませ。

       こころからお待ち申し上げております。

  





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しんし

2017/04/29 12:46
ドクターストップならぬ、ハズバンドストップに弱い私。

「きょうは止めておきなさい」

流石に、自身のコンサートの時はそうはいかないし、幸いにもそういうことがなかったけれど、体調や考えていることはお見通しで、(昔から、隠し事しても、直ぐ顔に出るタイプらしく)そのために折角チケットがあっても諦めざるを得ないことが少し増えた。
そうね。
無理すれば、却って周りの人に迷惑がかかるだけ。

眼圧が少々悪くなったことで、パソコンに向かう量を減らしなさい、と注意も受けた。


そう、この「ひとりごと」を始めたのも、(夫ではない)パソコンの指南役が、打つことを忘れないために、と勧めてくれたことがきっかけ。ご覧になる方はいなくても、一応、いらっしゃることも想定しては書いてきた。本当に解せないことがあれば、寧ろお名前まで出したことも。
よいことならいいけれど、そうではないときは、やっぱりよしたほうがいいようだ。
いえ、たとえ良いことでも、その人にとっては困ることがあるかもしれないし。

ところが最近、なぜかご覧になっている方が増えてきたようで、先日久々に数字を確認してみたら・・・以前は「千」の単位などなかったのに、これはまずい。
テレビにも出なくなったのに…、なぜ?
大したことも書いていないので、どうぞご放念ください、という思いだ。

えっ?という方から、見ていますよ、と言われることもあり、「ひとりごと」ではなくなってきた。
思い出せば、
昔、TBSテレビ「8時の空」に出ていた時、高松宮殿下が毎朝ご覧になられていることを知り、驚いたことも。
華子さまも、「趣味の園芸、拝見していますよ」って、N響の定期演奏会でお隣同士になったとき、そうおっしゃられた。

文が長すぎます、という人もいるけれど、単に、こんなことがありました、という日記風では、一応、ペンクラブの会員としては物足りないし、それは避けたい。
それを言わなくてもわかる、という書き方をしたいので…つまり、表現がダブるのはみっともないので、そこは、俳句の心で書こうかと。
文章のお勉強、とでもいおうか。

(今、珍しく、ネコの颯を連れて夫がやってきたので、慌てて、パソコンから離れて、整理をしているような風に装った。気が付かれなくてよかった。また、何か言われないとも限らない。リップに、外のムクドリとスズメを見せて、5分としないうちに帰って行った。
リップだけでも置いて行って、と言うと、昨日、「ゲ」(吐くこと)をしたから、まだダメ、ですって)

で、つづき。

うまくなろうなんて思ってもいない。文才があるわけでもないし。

強いて言えばすこしでも、さっぱりとした、垢抜けた文章、とでもいおうか。

それをめざしているような、でも、何も考えていないような。

小説のかける方が羨ましい。

森は森でも、よく理事会で

「きょうはもりもりね」

とお隣になる直木賞作家の森絵都(もり・えと)さんは、本屋大賞で2位になられたとかで、このところ新聞によく出ていらっしゃる。それも大きく大きく。
写真はおすましだけど、本当はあったかで素朴な感じのかた。森が旧姓というのも同じだ。

先日、

「ねえ、詩はお書きにならないの?」

とお聞きしたら、

「詩は書かないんです」

と。

詩と小説、接点がないのかしら?何が違うのかしら?
そういえば浅田次郎さんも、僕は詩を書かないんです、と言われたので、体のいいお断りかと思ったけれど、何かのインタビューでもそういわれていたので、ホントウなんだと。
書けない、書かない、どちらなのかしら?

(このこと、少し前に「ひとりごと」で触れたような?)


どうしよう、作曲が進まない。

早く、エンジンがかからないかと、他人事(ひとごと)のように待っているところ。

それよりも、ピアノの練習をするようになった。

すれば(私なりに)答えが返ってくることを、久々に知った。

そうか、人間の体って面白い。続けることが大事だということも恥ずかしいけど久々に悟る。

ただ、この年齢(とし)でも、いえ、この年齢だからこそ、どなたか師匠がいないといけない。これはとても大事なこと。

年をとれば、先生が他界していらっしゃることが殆どで、その後、自分流にしている人が結構いるけど、結構、間違いも多い。
演奏もさることながら、覚えていることの間違い。

コンサートをするときは尚のこと、事前にどなたかに聴いてもらい、真摯に注意や意見をいただくべきだと思う。
いま私は、あの方にお願いしようと決めている。OKしてくださるかしら?

ここは2重窓にはしているけれど、防音はないので、そのうち、ピアノの音、なんとかなりませんか?と言ってくるのではないかと。
そのくらい練習しているかと言えば、さほどでもなく。
でも必ず毎日、鍵盤に触れている。

ま、ちょっと理由(わけ)があるのだけれど、それは内緒。

これから昼食を作って、午後から、本当に腰を据えないと。

   読みたい本も何冊かあるのだけど。

ああ、ミドリさんが3人はほしい。

大森 ミドリになるほどネ。

学生時代は、必ず、美術学部の大浦食堂で丼でごはんをお替わりしていたので、

「大盛ミドリさん」

と呼ばれていた。

  これ      ホント?    ウソ?


























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けっこんとは

2017/04/26 19:18
あっ、(消費期限が)きょうまでだわ、と冷蔵庫から取り出したのが、奥久慈の舟納豆。
初めて買った納豆だ。舟の形の紙の器、なかなか味わいがある。
久慈はまだ行ったことのない町。
で、妙なことを考えた。
きょう(24日)のメインはステーキ。昨日はカレイの煮つけだったので、きょうは北海道産のお肉。昨日はステーキ肉が20パーセントオフだったので、ついカゴに入れてしまった。

北海道、今金町の男爵イモ。細切りにしてオリーブ油を入れ、青森・田子町のにんにくのみじん切りを炒め、じゃが芋を入れて塩、こしょう。そこにオイルサーディンをいれて合わせ、出来上がったら火を止めて、パセリのみじん切りをぱらぱらと。


トマトは熊本産のミニトマト。

JA鉾田(ほこた)、小沼俊秀さんの作られた小松菜をざっくり切って先ず茎を炒め、京都の木綿豆腐をぎゅぅっと握りつぶして入れ、あぶらげと小松菜の葉とを入れ、3種の醤油を少しずつ合わせ入れ、そこへ砂糖。炒め煮という感じかしら。
ときどき作る一品だ。最近は、薄味。もちろん、身体のことを考えて。

山形のなめこを使った味噌汁。ネギは深谷。
いわきの大根のおつけもの。えーっとどこでしたっけ、赤カブのお漬物も。

まあ、全国からお集まりいただいた食材の皆さま、ありがとうございます、という感じで、夫に説明付きで、夕食をいただく。いろいろな方言も聞こえてくるような。

お米は、いつもの愛媛愛南町のコシヒカリ。この間まではあきたこまちだったけど、ちょっと変えてみたのだとか。
今年の田植えも終わったそうだ。新米が待ち遠しい。
精米に特別丁寧に時間をかけて下さるので、本当に美味しいお米。

夫は、小松菜と木綿豆腐とあぶらげの炒め煮が美味しいと言ってくれたので先ずはホッ。


「考えてみれば、37〜8年も私の料理を召し上がってくださり、ありがとうございます」

と一緒になって初めて殊勝なこと(?)を口にしたら、どういう風の吹き回しなのか、

「こちらこそ、どうもありがとうございます」

ですって。最後に「ございます」がついて照れてしまい、ステーキがウッとのどにつまりそうになった。

結婚するということは、妻の作った料理をほぼ毎日、食(しょく)することになるわけで、手料理が美味しい、というより、料理が好きがどうかを見極めて結婚する人はさほどいないのでは?

会って40日で挙式した私たち。夫は、そこまで思いを馳せたかどうか。
見極める時間もなかったはずだし。
もっと料理上手な、平野レミさんみたいな人の方が、幸せだったのかも。
でも、おしやベリはあまり好まなのでない人なので、そこから行けば…まあ、良しとしておこう。

ま、小学生時代から、祖母や母、姉たちと台所にいるのが好きだったし、みんなも私に手伝わせてくれたので、そこは大いに感謝している。

母が本当に料理好きだったことは幸せなことだった。

でも、果たして「一般的」に言って、妻としての料理は、何点もらえるのかは、疑問。
基準がわからないもの。
(どの夫婦も)夫が喜んでくれれば、それでいいのかも。



啓子さんがメールで、きょうの料理はなんですか?と聞いて来たので、ならば、と「ひとりごと」で触れた次第。

啓子さんは、フィンランド風ポークソテー、こごみがたくさん到来したので、天ぷらにしたり、ウドと和えたりしたそうで、うちと同じく、和洋折衷。

ノルウェーには1度、スェーデンには2度行ったけれど、フィンランドはまだ。行ってみたいナ。

でも、フィンランド風ってなにかしら?

わかった、ピアニスト・館野泉さんのCDをかけながらいただくことかもしれない。

館野さんにも暫くお会いしていない。お会いしたいナ。

それよりも、啓子さん、早くレシピをお教えくださいね。
(10年前、103歳で天に召された)飯田深雪さんのレシピだそうで。

飯田さんのお宅には一度テレビの番組でお伺いしている。たしか中野区だったような?

紫のきれいなツーピース。シ二ョンにしたお髪(ぐし)に、美しい紫のレースのリボン。
年を重ねても、いえ、重ねてこそ、いつも美しく在れ、というお手本のような可愛らしい方だった。

         本当に いいだ!






















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ぶりっじ

2017/04/25 12:11
大して捗らなかった仕事を終えて家に戻ると、夫がNHKの「プロフェッショナル(?)」とかいう番組を見ていた。
巨大クレーン、という文字も目に入る。
とてつもない巨大なものを海上で運ぶ巨大クレーンの乗組員の方たちの様子が映っている。

「この橋を何処へ運ぶの?」
「大島だって」
「大島って…」
「気仙沼の…」
「えっ!」

心のクレーンが持ち上がる。

3、11の地震の時、海上が火の海と化したところ。

津波によりある方の妹さんが亡くなり、弔いのため、友人と気仙沼を訪ねたのは半年後のこと。
大島で何か手伝えることはないか。

(震災の後、数日たってもプールの水をろ過して飲んでいる、という様子をニュースで見た時は、どうして運んであげないの?と不思議だったけれど、そうか、橋がなかったからだ)


探すと、大島の瓦礫拾い、と何かに書いてあった。
「ああ、ごめんなさい、それだけは出来ないんです」
股関節がよくない頃で、しゃがむ、重いものを持つ、という行為が一番できないときだった。

大島には国民宿舎があって、カヤックで陸前高田から沿岸沿いに大島まで来て、海から上陸したのは10年以上前のこと。いや、もっと前かしら。
そして、チェックイン。
後にも先にも、海から行った、というのはその時限り。
フロントの方も、海からおいでになった方は初めてです、と目を丸くしておられた。
その上、波浪注意報が出ている日で、漁船も海には出ていない日でもあったから、尚のこと。
強風と海水で、顔が塩っぽくなり、つい、手で拭こうとしたら、パドルが飛んで行きそうになり慌てたことを思い出す。

太平洋はすごいウネリで、前にいる人が見えなくなり、しばらくして、ウワッと姿を現す。
なかなか、迫力があって、川より海の方が断然いい、と思う瞬間でもあった。


さて、アーチ型の橋が、極めて細心の注意の中、気仙沼と大島の両サイドに近づき、ようやくドッキング。
こういうことをやってのけるって、なんともかっこいい。
選ばれた人たちなんだろうな。

「50年も待ってたもんなァ」

と地元のおじいちゃんが、つぶやく。

「きちんと前に向かわなければって、勇気が出ます」

と、40代の女姓も、感慨深げ。

今まで橋がなかった…そんなことにも気づいていなかった。

車で行っていないからわからなかったんだわ、と言い訳がましく苦笑。

一昨年の5月、海上慰霊祭へ。そして、高台にあり難を逃れた高齢者ホームでのチェレスタのコンサートで訪れた気仙沼。

最後、昔、軍隊で○○長をしていたという方の先導で,

「ばんざ〜い、ばんざ〜い」

と言われて困ってしまったことも懐かしい。お元気かしら?

また、皆さんにお会いしたいな。

もちろん、今度は大島へも、車で。












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とりすたんといぞるで

2017/04/23 07:31
朝8時半過ぎ、(オフィスの)関根に電話をした。

「トンちゃん、おはよう、、見てるでしょ?」
「なにをですか」
「あなたの好きな人」
「えっ?」
どうも知らなかった様子。
私だって知らなかったもの。たまたま画面に顔が映って、直ぐにトンちゃんの顔が浮かんだ。
番組終了後、出演のこと全然知りませんでした、ありがとうございます、とウキウキとした声で電話があったから、私が電話をかけなかったら、地団駄踏んだはず。
お節介かと思ったけど、よかった。

木村拓哉さんが出てらして、寝起きのようなはれぼったい顔に笑ってしまう。
中井貴一さんがいい話をされていて、直ぐに久成(ひさや)さんのことを想った。

「木村クンはもうすぐ45才でしょ?僕は今、55歳だけど、45歳からの人生が一番面白いと思うんですよ。木村クンはいい俳優、とか、いい歌手なんて目指していないと思う。それよりも、いい男、いい人間を目指しているんじゃないかな?」

いいこと言われるなあ、と感心する。
別件でも中井さんの、人を見る目が凄いのを知っている。
本質を見抜ける人なんだな、と。

例えば、いいヴァイオリニストはたくさんいる。
上手に、楽譜通りに、テクニックも素晴らしく、「なかなかの演奏家ね」と言われる人は多い。

でも、それで終わり。

肝心なのは、そこからだ。

自分をどう表現するか。
自分らしさをどう伝えるか。

ここからこそが、聴く人の醍醐味となるはず。

けれど、なかなか心震わせる演奏に出会うことは少ない。本当に少ない。

実は、本人も気づかない「もって生まれたもの」…これはどうしようもない。
努力や、高めようとする意識にこれが加わったらどんな演奏になるのか。

もたないで生まれた人がほとんどの様な気もする。
だから、
「あなたはどの星からきたの?」
と聞いてみたくもなるほど、久成さんは何かを授かって、というか、大きな使命を与えられて生まれてきたとしか思えないのだ。

自分らしさがどういうことなのか、よくわからない人もいるはず。
(そういう私もそうかもしれない)
そこに、中井さんの言われる、いい男、いい人間の意味が登場する。

最近、特にいろいろな人の演奏を聴いているけど、
「たしかにお上手です、でも…なんだかつまりません。なんというか、味わいがないのです。お行儀がよいだけでは、相手に伝わりません。そこから脱皮したものがないと」
と、えらそうだけど、そう思うことが多い。
そう感じさせる演奏家がいかに多いかがわかってきた。

そんな中で、ヴァイオリニスト・佐藤久成は、稀有なる、凄い演奏家だと思う。
私の人生の中で、これほど心惹かれた演奏家はいない。ホント、自分でも驚くほど。

久成さんは、海外を廻り、誰に頼ることなく、自分の目で、耳で、このひと、と思う先生に弟子入りしたという。ずっと自分の意志で貫いてきた来たというのもいい。

ベルリン芸術大学に在学中は、オペラにも浸ったという。

2010年に世界初録音された「トリスタンとイゾルデ」がようやく手許に届き、これで佐藤久成のCD、全9枚がすべて揃った。

朝から聴いているけど、今、(イゾルデの)「愛の死」の場面。
時折現れる「囁きのような弓づかい」にゾクッとする。

きょう、どう過ごせばいいのかわからなくなるほど、官能的で濃厚な演奏に脱帽。

実はずっと思っていたことだけど、思い切って言葉にしてみよう。

う〜ん、やっぱりやめておこうかな。

そのうち…ネ。


















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